イスラエル・イラン“6日戦争”はなぜ起こったのか? 見過ごされがちな宗教的・歴史的要因と、トランプとイランの最大のディールとは【中田考】 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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イスラエル・イラン“6日戦争”はなぜ起こったのか? 見過ごされがちな宗教的・歴史的要因と、トランプとイランの最大のディールとは【中田考】

イスラエル・イラン戦争を理解するために。トランプによる「強引な停戦」は今後どうなるか?

アメリカがイラン核施設3カ所を攻撃し大成果をあげたとトランプ大統領が演説(2025年6月21日)

 

17.結語

 

 20世紀後半以来、世俗主義的近代西欧の覇権の衰退と共に、西欧帝国主義列強から独立し国家主権を獲得した非西欧諸国で、宗教的伝統が西欧列強による侵略と迫害の被害の記憶を新たな国家イデオロギーとして再構築し、それぞれの「正義」の名のもとに国内のマイノリティーを抑圧し、周辺の弱小国を侵略、衛星国化する事態が生じています。

 かつては共同体的信仰の名において耐え忍んできた人々が、今では主権国家の軍事・諜報・経済・外交力を通じて、時に周辺民族や反体制勢力に対して容赦なき暴力の行使を正当化するようになっています。この現象は単なる外交戦略や安全保障の問題にとどまらず、宗教的道徳の根幹に関わる倫理的危機を示しています。過去の被害者であったという記憶が、国家暴力の免罪符に転化するとき、その宗教はもはや弱者の声ではなく、国家による秩序の強化と排除の道具となります。

 12イマーム派とラビ・ユダヤ教は、マイノリティーであることを前提に、権力を握るマジョリティーによる抑圧への批判と倫理的普遍性を有する受難の神学を構築してきました。支配民族として現実の国家権力を握った場合に、終末論的正義を体現し最終戦争「ハルマゲドン」を引き起こしかねない地域大国として立ち現れ、国境を超えた影響圏の拡大や、神学に基づく国家的アイデンティティの強制といった形で、宗教が国家に従属し、道徳が法的主権と混同されることになるという事態は予想を超えるものでした。

 不幸なことですが、虐待された被害者が強者の立場に立った場合に、今度は自分が被った虐待を他者に対して反復する加害者になることは、ミクロなレベルでのDV(家庭内暴力)などでも周知の人間の性でもあります。私見によれば、イスラエルとイランの「6日戦争」ははからずしてその危険性への警鐘ともなっています。

 このような宗教と国家の結合が孕む拡張主義の傾向にこそ、現代中東の紛争の深層にある動因である。真に平和を志向するのであれば、宗教的マイノリティであった時代の苦難と連帯の記憶を、新たに手にした国家の暴力装置の無制限な行使の根拠ではなく、権力を制限し対話を促す倫理的資源として再構築する努力をなさねばなりません。宗教の名のもとに人間が国家の道具となるのではなく、通約不可能な価値観を有する諸文明が共存するための知恵の言葉を宗教が紡ぎだす社会を取り戻すことこそが、私たちが目指すべき未来であるはずです。

文:中田考

参考文献:

◾️中田考「そもそもイランは悪い国なのか?──イスラエル・イラン戦争の展開とその文明史的背景(前編)」2025年6月24日付『表現者クライテリオン』(https://the-criterion.jp/mail-magazine/250623/)
◾️中田考「耐え難きを耐え」るイランにとっての戦争と勝利──イスラエル・イラン戦争の展開とその文明史的背景(中編)」2025年7月7日付『表現者クライテリオン』(https://the-criterion.jp/mail-magazine/250707/)、
◾️中田考「イランを祝福した男」とのディールで描き得る2つのシナリオ──イスラエル・イラン戦争の展開とその文明史的背景(後編)」2025年7月9日付『表現者クライテリオン』(https://the-criterion.jp/mail-magazine/250708/)。

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中田 考

なかた こう

イスラーム法学者

中田考(なかた・こう)
イスラーム法学者。1960年生まれ。同志社大学客員教授。一神教学際研究センター客員フェロー。83年イスラーム入信。ムスリム名ハサン。灘中学校、灘高等学校卒。早稲田大学政治経済学部中退。東京大学文学部卒業。東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了。カイロ大学大学院哲学科博士課程修了(哲学博士)。クルアーン釈義免状取得、ハナフィー派法学修学免状取得、在サウジアラビア日本国大使館専門調査員、山口大学教育学部助教授、同志社大学神学部教授、日本ムスリム協会理事などを歴任。現在、都内要町のイベントバー「エデン」にて若者の人生相談や最新中東事情、さらには萌え系オタク文学などを講義し、20代の学生から迷える中高年層まで絶大なる支持を得ている。著書に『イスラームの論理』、『イスラーム 生と死と聖戦』、『帝国の復興と啓蒙の未来』、『増補新版 イスラーム法とは何か?』、みんなちがって、みんなダメ 身の程を知る劇薬人生論、『13歳からの世界制服』、『俺の妹がカリフなわけがない!』、『ハサン中田考のマンガでわかるイスラーム入門』など多数。近著の、橋爪大三郎氏との共著『中国共産党帝国とウイグル』(集英社新書)がAmazon(中国エリア)売れ筋ランキング第1位(2021.9.20現在)である。

 

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